2002年5月25日

ネコなのにタコとは、これイカに?

 昨年秋のことだが、池袋のジュンク堂で『早川孝太郎全集 第四巻』(未来社)を拾い読みしていたら、「猫を繞る問題一、二」という項に引き込まれてしまった。地方による猫の呼び名(詞)についての違いを考察しており、読み進むうちに遠い記憶の彼方から懐かしい猫の名が思い出されたのである。

 「タコ」という変てこな名の猫だった。子どもの頃(1960年代の宮城県古川市)に家で飼っていた。母の実家からネズミ対策で貰い受けたメス猫だったが、「タコ」という名もそのまま引き継いだらしい。

 「ネコなのにタコとは、これイカに?」…それが、この本のおかげで“目からウロコ”である。「ターコタコタコ」とは、岩手県や宮城県の一部地域での猫の呼び詞とあるではないか。よく猫を呼ぶときに「チョッチョッチョッ」などと舌をならすことがあるように、「ターコタコタコ」と呼ぶのだという。その呼び詞を、そのまま猫の名にしている地方も多かったらしく、我が家の「タコ」もまさしくその事例だったというわけ。

 確かに母の実家では、呼ぶとき「ターコタコタコ」だった。実際は「トーコトコトコ」に近いニュアンスだったかなと思う。タコという名だからそう呼んでいるのではなくて、呼び詞=猫の名なのであった。ちなみに秋田県や山形県の一部地域では「チャコチャコ」、石川県の一部では「チマチマ」、和歌山県の一部では「チョボチョボ」という呼び詞があるという。そういえば、狩猟伝説にもよく登場する猫の名に「チャコ」というのがあったっけ。

 「ターコタコタコ」の呼び詞は、かつての飼い猫を思い出させてくれただけでなく、埋もれかけていた数十年前の民俗的事例を呼び起こすことができて感慨深い。さらに、次第に消えていくであろう、このような事例を記録しておかなければ、と危惧していた人がいることも付け加えておかねばならない。

 永野忠一氏の著書『猫と故郷の言葉』(1987)では、早川全集の記述よりもずっと踏み込んでいて、地方によって異なる猫に関する言葉を豊富に収集しており、それだけでも世界に類を見ない日本人と猫との深いきずなを明らかにしている。この永野忠一さんという方は、知られざるとてつもない猫学者なのであるが、近々紹介してみたい。