1999年7月25日

猫くさい虎毛山の由来の謎

 今シーズン初の沢登りは久しぶりに東北・虎毛山塊の沢に出かけた。虎毛山(1432m)に登る人は、たいていこのユニークな山名にも心惹かれるらしい。一緒に登った相棒もやはり、「虎毛なんて珍しい名前だね。名付けた人はどういう意味でつけたんだろう」と登りながら話していた。

 そこで私がウンチクを披露したが、「猫に関係あると思うよ」とまでは言わなかった。十二支の山としてすっかり定着した虎毛山に「虎」の字がつくからというものの、この山に限っては「タイガー」と決めつけられない「何か」がありそうなのである。

 過去の雑誌や本で述べられた虎毛山の由来はいずれも決め手を欠いており、「真相は分からない」とする最近のガイドブックもある。虎毛模様の猫を連想してもよいと思っているほど、虎毛山をどうしても猫と結びつけたい私にも、一縷の望みが残されているというわけだ。

 虎毛山についての由来については、様々な見方がある。「小沢や紅葉の縦縞模様を虎の毛皮に見立てた」という有力な説に対して重箱の隅をつつかせていただければ、虎の毛は(体の軸に対して)横縞の模様であり、縦縞模様はリビアヤマネコなど山猫の特徴であるということからすれば、動物学的にはこの説は誤りということになる。もっとも縦か横かは別として、縞模様=虎というのは一般的なイメージなのだろうけれど。

 以下の虎毛山名考を読み比べてみれば、猫と関係がある山だとの珍説を主張するヤツが一人くらいいても構わないだろうと思っている。

●「虎毛山の名は黄色っぽい、東面や南面にわずかに生えるブッシュが無積雪期にあたかもトラの毛皮のようになるところからきたものと考えられる。」(虎毛山・春川 牧恒夫 山と渓谷431号 1974.8)

●「山名は山腹の幾条かの沢が、縦縞のように見え、縞馬の横腹を思わせるものを、虎毛に見立てたことに由来するという」(角川地名大辞典「秋田県」)

●「全山紅や黄に燃える頃、虎毛山がビッグタイガーになることはこの目で確認した。」(岩崎元郎)(「日本百名谷」関根幸次、中庄谷直、岩崎元郎編、白山書房、1983)

●「虎毛という名前も興味をそそる。遠くから見た姿が虎のようだからであろうか。確かに北に位置する高松岳から眺めた時には、虎を横から見たような山容だった。……この楽園のような虎毛山頂も、東の須金岳から眺めるとその印象を一変させる。東面は鋭い懸崖を谷に落として、牧歌的な山頂とは異なる険しい表情をしている。これも虎毛と言われる所以だろうか。」(「みちのく120山」福島キヤノン山の会、歴史春秋出版、1991)

●「山腹の幾条かの小沢が縦模様に見え、これを虎の毛に見立てたことから由来するという。」(「日本の山1000」山渓カラー名鑑、1992)

●「虎毛から連想するのは虎刈りである。八ケ岳の縞枯山のような山かと想像したが、どうも違うらしい。天然のヒノキ林やブナ林の山ということだから、植生の違いから付けられた名前なのだろうか。」(「十二支の山」石井光造、東京新聞出版局、1993)

●「虎毛の名は、山腹のいく条かの沢が縦縞の模様に見え、これを虎の毛に見立てたことから由来するという。」(分県登山ガイド4「秋田県の山」、佐々木民秀、鈴木要三、山と渓谷、1993)

●「頂上湿原の紅葉の縞模様、あるいは山腹の幾条かの小沢が縦模様に見え、これを虎の毛に見立てたことから由来するという。真相ははっきりしない。」(「アルペンガイド2 東北の山特別改訂版」 1997)

●「なぜ秋かというと、ガイドブックに、山頂付近の草原が草もみじに紅葉すると、虎の毛皮のように見えるところからの山名とある。だから虎の毛皮を見るため秋に、ということなのである。本来なら高山植物が咲き乱れる夏に登るということになるのだろうが、山名の由来を聞いてしまった以上は、その由来を訪ねての山旅をしなくてはと思っている。 ワシントン条約によって相手国の輸出証明書がないと毛皮の輸入もできない。それならせめてニセの虎の毛皮見物とシャレてみたい。」(「花の山旅、みちのくの山」一戸義孝、実業の日本社、1997)