春山の季節だ。残雪に映えるブナの新緑にはまばゆいばかりの躍動感を感じる。この時期の山が一番好きだという人は多いだろう。かくいう私もそうだ。
しかし、ここ10年ばかりは2月下旬から4月にかけて花粉症に悩まされてかなりの体力を消耗し、さらに追い打ちをかけるように年間で一番多忙な時期を迎える。先日は連続26時間勤務のあげく、さすがに数日間は変調をきたしてしまった。そんなこんなで今年初の山行きはG.Wなのであります。
今回のテーマは春にふさわしく、以前から気になっていた雪形ついて取り上げたい。猫の雪形がないことにずっと不満を抱いていたからである。猫の形に見える残雪模様はその気になれば見つけることは可能だろう。
ただし雪形というのは、単にある形を表すだけでなく山麓の人々の農事暦となっていたことがポイントで、北アルプス・白馬岳の代かき馬や爺ケ岳の種捲き爺さんが有名だ。
雪形伝承の本場ともいえる新潟県内の山の雪形を詳しく調べ上げた『図説 雪形』(斎藤義信著、高志書院)によると、生き物の雪形として確認されたのは、ウサギ、サギ、コイ、タイ、カニ、ウシ、ウマ、ツル、カリ、カタツムリ、キツネ、ネズミ、ゾウ、ヤモリ、ハト、シカ、カモシカ、サル、カラス、竜、カメ、イヌ、コウモリだそうで、このうち十二支の動物はウサギ、ウシ、ウマ、ネズミ、サル、竜、イヌと5割以上入っている。で、イヌやウマとともに身近な生き物の猫はなぜ入っていないのか、のけ者にされなければならない理由があるのだろうか。
一つの仮説としては、山と猫との忌むべき関係を挙げることができるだろう。東北から北陸にかけては化け猫伝説が多い。新潟県には化け猫伝説の存在とともに後世にそれを触れたがらない例がある。弥彦山では佐渡から飛んできた化け猫を猫多羅天女と崇めたと伝えられるが、現在の弥彦神社では妙多羅天女と名を変えて祀られており縁起も大分違っているという。
また栃尾市の猫股神社(正称・南部神社)は養蚕の神=猫を祀っているとされるものの、神職に聞くと何か不名誉なこととでも勘違いしたのか猫股神社という俗称の由来については語ってくれなかった、と平岩米吉氏は書いている(『猫の歴史と奇話』)。
猫の雪形が現れる山とあらば、山猫か化け猫の棲む山と混同される恐れがあり、狩猟の世界でも山では猫のことを口に出すのをはばかり隠語を使ったくらいだから、雪形といえども猫を山と結びつけることは意識的に避けたのかもしれない。
全国に数多い猫山の由来に「猫の姿に似ているため」とされた山もあるが、猫の雪形が現れる山、すなわち猫形山という名の山が存在しないのは寂しいものだ。