1999年1月31日

猫とハーケン

 いっときの寒波が緩み、柔らかな陽射しが注ぐ土曜午後の猫日和、思い立って地下鉄に乗って都心へと向かった。降りたのは九段下駅。ここから千鳥ガ淵に沿って竹橋まで歩いていくのだ。

 千鳥が淵沿いの散歩道は都内でも有数の猫スポットだという。猫おばさんでも来ない限り、猫どもが集まっているわけではない。植え込みにポッカリあいた空間をのぞいて見ると、じっとしていたり昼寝している。猫おばさんに作ってもらった手製のつぐらなどあって、その上に座っている場合もある。

 カメラを向けるとエサでもくれるかとすり寄ってくるのもいるが、たいていは無視するか、昼寝のじゃまをするなとでも言いたげにカッと目を見開いて警戒した。

 猫ゾーンを過ぎると、学生時代に遊んだ石垣は間近い。通っていた大学は神田駿河台にあったので、いつも皇居のお濠周辺をランニングしていた。そのころは常盤橋公園の石垣など知らなかったから、千鳥ガ淵のとある秘密の石垣で岩登りまがいの練習をしたことがあるのだ。

 半蔵濠手前で左折して尾根状の散歩道に上がると、すぐその場所がわかった。丸いコンクリート台がいくつかあるところだ。台の上でよく腹筋を鍛えたものだが、それがかつてB29を迎え撃つ高射砲の台座だったとは知らなかった。

 石垣基部に降りるため、懸垂下降の支点に使った木は20数年の時を経てかなり太くなっていた。しかし、その脇に立つ「柵内に入らぬこと 環境庁皇居外苑管理事務所」という、当時はなかった立て看にとまどい、直接石垣をのぞき込むことは遠慮してしまった。のぞいたところでザイルがなければ、下におりられるわけではない。

 当時、石垣遊びする者がぼくらの他にもいたらしいことは、すでにその木にあったザイルずれが証明していた。そして、きょうの本当の目的は、石垣にあった1枚のハーケンがまだあるかどうかを確かめたかったのだが……。

 春になったらまた猫どもを見に来ようとは思う。しかし、石垣にはもう行くことはないだろう。人工壁全盛のいま、歴史的遺物に取り付く不埒者などもういないだろうし、記憶の片隅にあのハーケンも打ち込まれたままにしておくことにしよう。竹橋に向かって歩きながら、そう思った。