久しぶりに国会図書館に行って資料漁りをしたところ、『日本昔話通観第8巻 栃木・群馬編』で面白いことわざを見つけた。「婆は猫」という昔話の教訓として群馬県内に伝わっていたもので、「宝川の山で猫の話をしてはならない」「宝川で水浴びして猫の話をすると雨が降る」というのだ。
ある家で婆になりすましていた化け猫は、正体がばれて宝川の山奥に去った。葬式があると宝川の奥から黒雲がわいて、死体を奪うなど悪さをした。山で婆が生きた鹿をしゃぶっているところを男に見られ、「決して村人に話すな」と口止めした。つい村人に話してしまった男は化け猫に殺されてしまう。宝川の山奥で、その男の着物だけが木にひっかかっていた。
ざっとこんなあらすじで、最後に前記の教訓で締めくくられている。藤原の名家に伝わる話であるとか、宝川など具体的な地名が出てくるあたり、昔話というよりは伝説・伝承に近い。元文は『群馬県史資料編』や『群馬県民俗調査報告』とあるので確認しなければなるまい。
上越国境を水源とする利根川支流の宝川は、本流のナルミズ沢をはじめ沢登り愛好者にとってなじみのある流域だ。興味深いのは、入渓の起点となる宝川温泉から直線距離で約2キロ上流に、左岸から「猫沢」が流入していることである。「猫沢」という沢名から猫との因縁を感じていたのだが、にらんだとおり宝川と猫を結びつける話があったわけだ。
この昔話と猫沢に関連があるのかどうかは、今のところ分からない。うがった見方をすれば、話に出てくる化け猫の棲みかが猫沢のあたりだったとすると、「化け猫の棲む沢」から「猫沢」と名付けられたと解することもできる。今後の調査が必要だろう。やはり猫を忌避することが多かった猟師や山仕事の人々の発想だったのだろうか。
宝川流域には3回入渓したことがあるが、雨に降られたのは1回だけ。「宝川に猫好きが入ると雨が降る」ということわざでなくてよかった。